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名古屋高等裁判所 昭和45年(行コ)27号 判決

控訴人

住田一義

代理人

原田武彦

被控訴人

昭和税務署長

在間尚志

指定代理人

服部勝彦

外三名

主文

原判決を取り消す。

本件を名古屋地方裁判所に差し戻す。

事実《略》

理由

一〈証拠〉によると、名古屋地方裁判所書記官余舛良弥は、昭和四四年一一月一三日実施された本件訴訟の原審における第一八回準備手続期日に立ち会い、右期日に欠席した原告代理人の弁護士原田武彦に次回期日(同年一二月一八日午前一〇時三〇分)を連絡するため、同日夕刻同弁護士の事務所に電話をし、事務員に右期日を告げ、その後同月一五日同裁判所庁舎二階東廊下においてたまたま出会つた同弁護士に次回期日を告げたことが認められる。〈反証―排斥〉。

そして、同年一二月一八日午前一〇時三〇分の第一九回準備手続期日に同弁護士が出頭せず、被告指定代理人は弁論をなさず退廷したため、本件訴訟はいわゆる休止となり、その後三か月以内に期日指定の申立てがなかつたので、昭和四五年三月一八日の経過をもつて訴の取下があつたものとみなされたところ右弁護士から同年五月一日付で期日指定の申立てがなされたことは、本件記録上明らかである。

二そこで、本件訴訟において、原告(控訴人)に対し、原審の第一九回準備手続期日の呼出しが適法になされたか否かについて判断する。

民訴法一五四条によれば、期日の呼出しは呼出状を送達してこれをなすのが原則であり、ただ例外として、当該事件につき出頭した者に対しては期日を告知するをもつて足るとされている。その趣旨は、期日の指定は、裁判長(受命・受託裁判官、準備手続裁判官)の行なう裁判すなわち命令の一種であるから、本来なら相当と認められる方法で当事者に告知すれば足りるはずのものである(民訴法二〇四条一項)が、期日は、当事者が積極的に自己に有利な訴訟行為を展開し、あるいは相手方の訴訟行為に対し防禦方法を講ずる等の各種の訴訟活動をなす機会であるから、期日に出頭するや否やは当事者に重大な利害関係を与えるものであるため、期日の出頭についてはこれを確実に担保する方法を執ることが要請されることによるのである。原則の呼出状の送達が最も確実な方式であることはいうまでもないが、但書において口頭告知を認めたのも、その確実性を軽減するものではなく、この方式によるも確実性において原則の方式と差異がないとみなしたものと解するを相当とする。

右口頭告知は、期日の指定とは別個のもので、裁判所の訴訟指揮上の一事務に属するものであるから、必ずしも裁判長(裁判官)によつて行なう必要はなく、裁判所書記官が代つてしてもさしつかえないと解されるが、その確実性を要請される趣旨からみて、民訴法一五四条但書の口頭告知であることを明確に認識できる方法と状況の下になされることを要し、これを欠くときは違法としてその効力を有しないものというべきである。

本件について口頭告知がなされたという時の状態を仔細にみると、〈証拠〉によれば、昭和四四年一一月一五日の昼ごろ余舛書記官は所用で自己の執務室である書記官室を出たところ、裁判所庁舎二階の東廊下の便所の近くで原田弁護士に出会つたので、同弁護士に対し「住田一義の事件の期日は一二月一八日午前一〇時三〇分に決まりましたが都合はよろしいでしようか」と尋ねたところ「どうもすみませんでした」と返事したから、さらに「事務所にも連絡しておきましたが」と述べたのに対し「どうもお手数をかけました」と答えたから、記録に口頭告知の記載をしたことが認められる〈反証―排斥〉。

右事実によれば、告知した場所は裁判所の廊下である。口頭告知は裁判所書記官がその職務としてなすべき行為であるから、その職務上の行為たることを相手方に認識せしめるに足る状況の存する場所(例えば書記官室・法廷、準備手続室等)においてなすを相当とするものであり、廊下の如きは裁判所に出入する公衆の通路にすぎないものであつて、一般人をしてかくの如き場所において職務行為が行なわれるものとは思わしめないものである。そのうえ、口頭告知の方法としてなされたという具体的の内容は、前記認定の如き問答が行なわれたにすぎず、かくの如き内容のものをもつてしては民訴法一五四条但書の口頭告知たることを確実に表示したものといい難く、また原田弁護士をして口頭告知たることを認識せしめるに足りないものというべきである。これを要するに、余舛書記官がなしたという口頭告知なるものは、民訴法一五四条但書の口頭告知であることを明確に認識できる方法と状況の下になされなかつたものというべきである。

三なお、一一月一三日余舛書記官が原田弁護士の事務員に電話をもつて次回準備手続期日を告げたことは、本件記録によれば同書記官自身これをもつて民訴法一五四条但書の口頭告知として取り扱つていないのみならず、その確実性において欠くるところがあり、前記論旨に徴し、これをもつて同条の口頭告知として適法なるものとなしがたい。

四ところで、期日の呼出手続における瑕疵は責問権の放棄ないし喪失の対象となると解されるが、本件記録によるも、原田弁護士が口頭弁論において如上の呼出手続の瑕疵について責問権を放棄する旨明示して陳述した事実は認められず、また責問権の喪失が生ずるためには、「遅滞ナク異議ヲ述べザルトキ」との要件が必要であり、右「遅滞ナク」とは、異議を述べうる最初の機会に直ちに(通常は、瑕疵を知りうべかりし時期の直後の準備手続期日または口頭弁論期日)の意であると解されるところ、本件においては、右異議を述べうる最初の機会と考えられる原審の第一九回準備手続期日は、上来説示のとおりその呼出手続において違法なものであるから、同期日に原田弁護士が出頭して異議を述べなかつたことをもつて責問権を喪失したものとすることができないのは当然である。

なお、前記認定によれば、原田弁護士が裁判所の廊下において余舛書記官から第一九回準備手続期日の日時を告げられた際に何ら異議を述べなかつたことは明らかであるが、右告知なるものは、その方法およびこれがなされた際の状況に照らし、同弁護士をして民訴法一五四条但書の口頭告知であることを明確に認識せしめるに足りるものでなかつたことはさきに述べたとおりであり、しかも同弁護士は当日別の事件のため裁判所に出頭していたにすぎないから、これを本件についての期日の呼出しであると認識したうえで、これに対して直ちに異議を述べるという挙に出る余地は、そもそもなかつたものといわなければならない。したがつて、右告知の際に同弁護士が直ちに異議を述べなかつたことをもつて責問権を喪失したものとすることはできない。

五以上説示のとおり、本件訴訟における原審の第一九回準備手続期日の呼出しは、違法のものであつてその効力を有しないものであるから、同期日に原告(控訴人)代理人弁護士が欠席したことを前提として本件訴訟が終了したとすることはできない。したがつて、原判決は取消しを免れないが、本件においては、控訴人の請求の当否を審理するためになお弁論をなす必要があるから、これを名古屋地方裁判所に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法三八九条一項を適用して主文のとおり判決する。

(伊藤淳吉 宮本聖司 新村正人)

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